ここでは当館学芸員のコラムを随時掲載していきます。
2025年8月21日
山本雅美(学芸課長)
「わたしたちのびじゅつかん~きて・みて・はなして→たいけんする美術展~」ができるまで
今回の「学芸員の部屋」では、この夏の奈良県立美術館の取り組みについて紹介します。現在、コレクション展「わたしたちのびじゅつかん~きて・みて・はなして→たいけんする美術展~」を開催中ですが、これは、当館ではじめて「子どもたちとその家族」をターゲットにした展覧会です。ポスター写真の「子どもたちが美術館の床に座り込んで作品を鑑賞する」というイメージの通り、気楽に美術館を楽しんでほしいと本展を企画しました。

「わたしたちのびじゅつかん」展 メインビジュアル 作品:絹谷幸二 ≪チェスキー二氏の肖像≫ 1986年 当館蔵 撮影:木奥惠三
この展覧会の開催にあたり、そのきっかけになったことをお話ししたいと思います。1973年に開館した当館は、現在、リニューアルに向けて準備を進めているところです。その一環で、昨年夏に、奈良県の「こどもまんなかクラブ」が奈良県の小学生から大学生そして29歳までの社会人の“子ども・若者”に「これからの奈良県立美術館はどうあるべきか?」というアンケートを行いました。
その時に出た意見として、「体験できる美術館」、「自分たちが主役になれる美術館」、「自分たちの作品を展示できる美術館」などがありました。「美術館に行って絵を見たい」というだけでなく、「美術館に関わりたい」、「自分の思いを伝えたい」、そんな考えを持っていることを知りました。
そこで生まれたのが「わたしたちのびじゅつかん」という言葉でした。この言葉を美術館で実現するためには何をすべきか?このことを考え実践するために、この言葉をコンセプトにした展覧会を企画することになりました。
展覧会の内容をご案内します。今回は『奈良県立美術館蔵品100選』から、「いろやかたちをみつけよう!」、「ものがたりをつくろう!」という2つのテーマに沿って作品を選びました。これは、「対話型鑑賞」という方法を取り入れた展示になります。対話型鑑賞とは、1980年代のニューヨーク近代美術館で開発された教育活動で、作品についての情報や解釈を専門家や教師が一方的に伝えるのではなく、鑑賞者自身の思いを尊重し、グループでの対話を通して作品を味わっていく鑑賞法になります。
また、本展覧会のサブタイトルが「きて・みて・はなして→たいけんする美術展」となっていますが、「はなす」という一見、美術館では敬遠される「おしゃべり」をあえてする展覧会としています。とはいえ、大きな声を出してよいというのではありません。家族やお友達、一緒にいる人とおしゃべりしながら鑑賞することで、展示室に小さなざわめきが広がる心地よい空間を目指しました。

(会場風景)絵の前でゆったり座れるソファーや座布団を用意しました。
会場では鑑賞をサポートする「対話型鑑賞ラボ」を開設し、ワークシートを活用して、「絵を見て考える活動」を支援する仕組みを考えました。これらの活動を通して、作品に対し自分なりの見方・考え方を発見してほしいと思います。
会期中には、関連企画として、奈良教育大学をはじめ、岡山大学・奈良先端科学技術大学院大学、九州産業大学の先生方に協力いただき、対話型鑑賞をテーマにした鑑賞プログラムを実施しました。また、小さな子どもたちの美術館デビューを応援する、未就学児とその家族のための美術鑑賞会「ハローミュージアム」、小学生向けの本格的なアート活動を体験できるワークショップ、家族みんなで楽しめる「アート夏祭り」などのイベントも開催しました。
さらに、関連展示として「大阪芸術大学芸術学部アートサイエンス学科連携展示」と「奈良市中学校美術部 アートの甲子園出品作品展」など、子ども・若者の表現を美術館で紹介しています。そして、展覧会場入口で上映している展覧会紹介動画も、トライ式高等学院西大寺キャンパスの高校生と一緒に制作しました。
これら、大阪芸術大学、奈良市中学校美術部、トライ式高等学院西大寺キャンパスの活動は、「こどもまんなかクラブ」で意見が出た「自分たちの作品を展示したい」ということのひとつの実現になります。これらの展示に出品いただいた生徒・学生さんたちをはじめ、彼らの創作活動や展示の実現にご協力・ご支援いただいた先生方など、関わられた皆様に感謝を申し上げたいと思います。
今回の展覧会は子どもたちの体験活動の充実のために設計しました。「体験の力」、「体験の格差」という視点から、子どもたちの学びや育ちについて、長く様々な議論がなされてきています。とくに子どもの経験格差というものが、学力格差や将来の経済格差につながる社会的問題としても捉えられています。そのなかで、「博物館の体験」というものは、子どもたちの「体験の力」を培うものであることがさまざまな研究で明らかになっており、とくに、「幼少期に家族で博物館に行く経験」というのが非常に効果的であるという結果も出ています。そのような状況を踏まえ、博物館・美術館ではこの問題にどのように取り組むかということが問われています。その試みのひとつがこの展覧会であり、このような子どもたちの「体験の力」を育むのは、これからの美術館の使命の一つでもあると思います。
[バックナンバー]
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